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1999年9月16日(木)

 一昨日のことであるが、超音波かなんかで、妻のお腹の中にいる子どもを見てみたら、おチンチン(らしきモノ)が見えたらしい。
 正直に言ってしまうと、ちょっと残念。なぜなら、女の子が欲しいから。
 でも、まだ、次があるさ。夢の3姉妹の実現は、諸々の事情により、あきらめざるを得ない状況になってきたが、あと2人ぐらいはできるだろう。
 こうなればせめて、ひとりだけでもいいから、女の子が欲しい。

 まあ、そんなことより今は、まだお腹の中にいる子のことを考えよう。予定日までまだあと3カ月。
 何事もなく、元気に生まれてくれることを、願うのみである。
 私に託された仕事は、ちょっと気が早いかも知れないが、名前を考えること。
 無限の宇宙にちなんだ、スケールの大きい名前をつけたいと思っている。
 何か、いい名前はないか。


1999年9月17日(金)

 胴上げの話。こんな私にも、胴上げされた経験がある。1度だけ。11年前の話。

 当時私は、前の会社で、教育部門に所属していた。
 入社2年目で、新人教育の担任を任された。もちろん、上司・先輩のサポートはあるものの、その心労は大きく、2カ月間で、5キロ体重が減った。
 ちなみにその体重は、今より20キロも少なく(つまり私は、11年で20キロ太った)、現在の妻(妊娠中)と同じ体重だ。ん〜、すごい<何が?

 その、新人教育最後の日。みんなで打ち上げ(飲み会)。飲んだ飲んだ。
 打ち上げも終わりに近づいた頃、「先生!挨拶して」と言われ、立ち上がる。すかさず横から、「まずこれ飲んで」とチューハイのジョッキが。
 したたか酔っ払った私は、調子に乗って、一気に飲み干す。さあ、しゃべり出そう、と思ったら、反対側から「先生、これも!」とコップが差し出される。
 今度はなにやら琥珀色の液体が。一口飲んで、「うっ!ウイスキーだ。しかも、濃い。」と思ったが、勢いでそのまま一気飲み。
 当時はまだ若く、酒にも強かった。
 適当に挨拶もこなして、飲み会終了。

 店を出て、駅のコンコースに来たとき、誰かが「最後に先生を、胴上げしよう!」。みんなに持ち上げられて、宙に舞うこと数回。
 いやぁ、いい気持ちでんなあ。ほんとに、最高だった。
 でも、天国は、ここまで。

 さっきの一気飲みが、効いてきて、ちょっとやばい感じ。
 ほとんどの新人が、そのまま電車に乗って帰ったが、2・3人が「2次会行こう」と誘ってくる。
 断われず、先輩も道連れにして、行く。店に入って、座ったときが、限界だった。
 すぐにトイレに行く。トイレから、出られない。心配して、先輩と新人が、トイレにやって来る。
 「み、みず。」と私。新人が、わざわざポカリスエットを買って来てくれた。「トイレで飲むの、いやだなあ」と思いながらも、飲む。
 ちょっと落ち着いて、席に戻っても、あとは半分意識不明だった。
 終電前に、新人たちは帰して、私は先輩の肩につかまりながら、駅前のカプセルホテルへ。

 ん〜、まあ、いい経験だった。


1999年9月18日(土)

 もう2カ月以上、無料で届けられていた、毎日新聞が、昨日の朝刊を最後に、来なくなった。

 ある日、突然、うちの郵便受けに、毎日新聞が、配達された。
 それからは、来る日も来る日も、毎日毎日、朝刊夕刊とも、配達された。
 恐怖新聞のように、読むと命が縮む訳でもないし、勝手に配達されるのに、こちらからわざわざ断る必要もないと思うので、そのままにしておいた。
 どういうつもりなのだろうか? お試し?
 月末になっても、集金は来ない。押し売りではなかったようだ。

 他の新聞をとっているし、うちの地域では古紙回収をしていないからゴミになるだけなので、要らないのだが、まあ、タダだし、『気まぐれ刊 今日の数字』のネタ集めにも使えるので、役には立っていた。
 それが、2、3日前、毎日新聞の兄ちゃんが、やって来て、
 “ピンポーン”「はい」「毎日新聞ですが」「はい」「あの、毎日新聞、要りませんか?」「ああ、要りません、ご苦労様です」「はい」
 というやり取りで、終わった。

 やはりお試しだったのだろうか。それにしては、長かった。謎のままだが、別にどーでもいいので、これでオシマイ。


1999年9月19日(日)

 今朝、すごくいい夢を見た。目覚めるのが勿体無いような、ずっと見続けていたいような。
 でも、ほとんど覚えていない。もう一度、その夢を見たいが、どういう夢だったか、具体的に思い出せない。
 ん〜、もどかしい。

 昨日、毎日新聞が配達されなくなったと書いたが、今朝、また、配達された。
 一昨日の夕刊、昨日の朝刊、そして昨日の夕刊と、3回続けて配達されなかったのに。
 また、ずっと、配達されるのかな。
 今日は、夕刊がないので、次は、明日の朝刊だ。果たして、配達されるかどうか。
 どうでもいいけど、ちょっと楽しみ。


1999年9月20日(月)

 道路交通法の改正により、今年の11月1日から、自動車を運転しながら、携帯電話を使用してはいけなくなる。
 いけなくなるが、違反しても、つまり、運転中に携帯電話を使っても、罰則はなく、反則金もない。
 ただし、運転中に携帯電話を使用したことによって、道路交通の危険を生じさせた場合は、普通自動車の場合で9千円の罰金が取られ、さらに、2点減点される。
 「道路交通の危険を生じさせる」というのが、具体的にどういうことかよくわからないが、ヒヤッとしたぐらいでは取り締まれないだろうから、事故を起こした場合ということになるのだろう。
 つまり、法律上では、事故さえ起こさなければ、自動車の運転中でも携帯電話は使ってもよい、ということになる。
 意味なし。
 日本人に、自分の安全は自分で守る意識や、モラルやマナーがあるならば、最初から問題にはならない。
 携帯電話を使っているだけで、罰金や点数を取られなきゃ、今まで使っていた人は、これからも使うだろう。
 事故が起きてからでは、遅いのだ。
 まったく、どうしようもないね。

 ところで、毎日新聞だが、今朝は、配達されなかった。


1999年9月21日(火)

 ヤンロン茶を飲んだ。畳の味がした。もう二度と買わないぞ、と思った。

 
とんがらCに続く、失敗であった。


1999年9月22日(水)

 朝から雨で、鬱陶しい。昨日の朝は、天気がよかったのに。しばらくは、こんな天気が続くそう。
 明日は東京ディズニーランドに行く日なのに。

 それにしても、困るのは、マンガの単行本のビニール。
 中身が見られないから、買ったか買っていないか、わからないのだ。
 これは○巻まで、あれは×巻まで、というように、覚えていられればいいのだが、私には、無理だ。
 店員に言えば、はずしてもらえるだろうが、私は気が弱いので、わざわざはずしてもらったのに「いらない」と言えないので、言えない。(ん〜、この文は複雑だ。)
 でも、あれも、必要悪で、私なんかは、ビニールに包んであるから、安心して買える。新刊で買う場合、他人が触ったものは、買いたくないからだ。
 だから、あってもなくても、困るのである。

 しかし、「要」と「悪」は、活字だとよく似てる。例えば、「必悪」とか「要魔」と書いてあったら、「ひつよう」とか「あくま」と読んでしまわないだろうか。そんなことないか。

 ああ、鬱陶しい。←ちなみにこれは、「うっとおしい」ではなく「うっとうしい」である。


1999年9月23日(木)秋分の日

 
東京ディズニーランドに行って来た。妻は、妊娠中で、ちょっと体調が悪いので留守番。私と息子の2人で。
 昨日の雨が、嘘のように、よく晴れた、いい天気。誰の行いが良かったのか。

 車で行く。湾岸道路で渋滞。しばらく行くと、道の真ん中で止まったままの車が。故障車か? これが渋滞の原因か?
 追い越すときに、見てみたら、運転席で男が大口開けて寝ていた。何じゃこいつ? 渋滞はそのまま続く。
 渋滞の先頭は、葛西臨海公園駅のあたりだった。通過に20分ほどかかった。原因は、道路の白線や矢印を書き替えるため、1車線を通行止めにしていたから。
 まったく。そんなこと、もっと他の日・時間にできないか? それとも、祝日の午前中が、一番交通量が少ないのか?

 現地で、お義母さんたちと合流。
 午前中は、お義母さんと息子と私の3人で行動。
 ナントカ鉄道に乗る。待ち時間は20分だった。まあ、いい感じだったが、最後、何故か、トンネルの中、暗い所に恐竜達が……。3歳の息子には、ちょっと怖かったかもしれない。

 次に、待ち時間10分という短さにつられて、カリブの海賊に乗る。これも、暗い中で、変な人形達が動き回る。3歳の息子には、怖かったかもしれない。

 昼食を食べて、午後は私と息子の2人で行動。
 ピーターパンなら、怖くないだろうと思って、ピーターパンのアトラクションへ。待ち時間45分。息子は途中で眠ってしまった。順番が来て、乗り物(空飛ぶ帆船?)に乗ったら、目を覚ました。でも、やっぱり、暗い中で、人形達が動き回る。3歳の息子には、怖かったかもしれない。

 ん〜、確か、イッツ・ア・スモール・ワールドは、明るかったはずだ。待ち時間も10分と、短いし。「今度こそ、怖くないからね」と言うと、うなずく息子。やっぱりさっきまでのは、怖かったのか。
 船に乗るとき、カリブの海賊を思い出したのか、少し嫌がった。が、乗る。動き始める。音楽は、明るいが、照明は、ちょっと暗いし、人形達は、見様によっては不気味だ。しまった、またまた失敗か?
 しかし、途中で、指差して、「あ、ぞうさんだ」。初めて、笑顔が見えた。よかった、ちょっと気に入ってもらえたようだ。

 もう、息子が乗れるものは、ないかな? ゴーカートの横を、通り過ぎようとすると、「あれ、乗りたーい」。
 よっしゃよっしゃ。乗りましょう。待ち時間25分。乗っても、それ程嬉しそうではなかったが……。
 ゴーカートから降りて、歩道橋を渡って、出口へ行こうとすると、息子は立ち止まって、「見るー」。歩道橋の下を通る、ゴーカートを、飽きることなく、見ている。どうにも動きそうにない。アイスクリームでつって、何とか出口へ。
 アイスクリームを買いに、行こうとすると、息子は立ち止まる。「どうしたの?」、ゴーカートの方を指差して、「見たーい」。
 いいだろういいだろう。観客席があるので、そこへ行って、ゴーカートを見る。目の前を通る、ゴーカートを、飽きることなく、見ている。「行こうか」と、何度か言っても、息子は首を横に振り、「まだ見てる」。再度、アイスクリームでつって、何とか出口へ。
 アイスクリームを買いに、行こうとすると、息子はまた、立ち止まる。「どうしたの?」、ゴーカートの方を指差して、「もう一度乗りたーい」。
 よかろうよかろう。乗りたいのなら、何度でも乗りましょう。今度は待ち時間20分。さっきよりは、嬉しそうに乗っている。
 ゴーカートから降りて、歩道橋を渡って、出口へ行こうとすると、息子は立ち止まって、「見るー」。歩道橋の下を通る、ゴーカートを、またもや、飽きることなく、見ている。やはり、動きそうにない。「行こうか」と、何度か言っても、息子は首を横に振り、「まだ見てる」。再再度、アイスクリームでつって、何とか出口へ。

 やっと、ゴーカートから離れて、トゥーン・タウンへ。確かこの中で、アイスクリームを売ってたはずだ。
 ふと、ここのコースターなら、息子も乗られるのでは?と思い、行ってみる。やはり、3歳以上だから、大丈夫だ。
 肩車して、コースターを見てると、「電車だー」「うん、そうだね、速いね」「乗ってみるー」「乗ってみる?大丈夫かな?おしっこちびるなよ」。内心、しめしめ。待ち時間は25分。
 行列に並んでいる間、コースターを目で追う。時折、不安そう。大丈夫かな? 私もドキドキしてきた。
 ついに順番が来た。坂を登って行く。息子はこの後どうなるのか、何も知らず、嬉しそう。頂上に近づくと、隣のゴーカートが見える。息子は指差して、「あ、さっき乗ってたやつだー」。その瞬間、坂を滑り降りる。顔はこわばり、固まる息子。私は抱きかかえるようにして、いろいろ声をかける。
 コースター初体験。泣くことはなく、クリア。
 降りた後は、嬉しそう。興奮して、よくしゃべる。よかったよかった。

 「アイスはー?」、おお、忘れてなかったか。アイスクリームを買ってやって、妻へのお土産を買って、帰った。
 前半の、怖い体験は、ゴーカートや、コースターの、楽しい思い出によって、忘れてしまっただろう。また、今度が、楽しみだ。


1999年9月24日(金)

 うちの息子は、「ディズニーランド」がまだうまく言えず、どちらかというと「ネズミーランド」に近い発音をする。
 まあ、間違いではないか。(間違いだって)

 今日、
東京ディズニーランド・オフィシャル・ホームページを見てみたら、コースター類は、昨日乗った、ガジェットのゴーコースターに限らず、3歳以上なら乗られるようだ。
 東京ディズニーランドに連れて行くなら、3歳児だな。3歳以下は、無料だし、人気のコースター類に乗られるのは、3歳以上だから、3歳児は、ただで、いろんなものに乗ることができる!


1999年9月25日(土)

 午前中、病院へ行って来た。病院と言っても、皮膚科の小さな医院だ。

 「病院」という言葉は、内科や外科など、いくつかの科があり、入院もできる位の大きさの施設を指す。
 個人がやっている、ひとつの科しかない、入院設備もない、小さい所は、「医院」と呼ぶ。
 でも、「医院に行く」とは言わない。医院に行く場合でも、やっぱり「病院に行く」と言ってしまう。
 まあ、そんなことは、どうでもいい。

 水虫の治療である。
 治療を始めたのは、今年の5月。もう4カ月間、毎日毎日薬を塗っている。
 医者にかかると、すぐ治ると思っていたが、なかなか治らない。

 そう言えば、「医者に行く」あるいは「お医者さんに行く」という言い方もあるな。
 お医者さんと言えば、お医者さんごっこ(なんでやねん)。わ……、いや、そんなことは、どうでもいい。

 私の場合、爪にも水虫らしきものができていたので、最初は、塗り薬の他に、飲み薬も処方された。
 この、飲み薬が、なかなかの曲者で、一緒に飲んではいけない薬がたくさんあったり、副作用が起こったりするそうだ。
 副作用がないかどうか、調べるため、血を採られた。まさか、水虫の治療で、血を採られるとは思わなかった。
 しかし、飲み薬の威力は大変なもので、爪は根元から、少しずつきれいになっていった。

 で、1カ月後、もう一度血液検査をしたら、私の場合、白血球数が減っていたなど、副作用と考えられる症状が出ていたので、飲み薬は中止となった。
 あとは、塗り薬のみによる治療だ。爪にはしみ込まないので、新たにケラチナミンが処方された。
 指の間は、すぐきれいになった。
 爪は、先の方を残して、ほとんどきれいになった。爪が伸びるに従い、水虫に冒された部分も先の方へ移動して行った。しかし、先っちょの方で、踏みとどまって、足踏み状態だ。
 足の裏、特に土踏まずの部分が、治らない。今でも時々痒くなる。
 さあ、あとどれ位で、本当に、治るのか?


1999年9月26日(日)

 “ハトは平和の象徴”と云う。何故だか知らない。
 聞いた話によると、地球上の動物で、ナワバリ争いで、相手を死に至らしめるのは、“ヒト”と“ハト”だけらしい。
 どこが平和の象徴だ?
 お? 待てよ。そういうことか。
 生きて逃がしたのでは、いつ仕返しに来るか分からないので、とても平和に暮らせない。
 平和に暮らすには、相手をこの世から、消し去るしかないのだ。
 なるほど。そういう意味で、“平和の象徴”か。

 “幸せの青い鳥”も、ハトのことらしい。
 それが証拠に、昔、桜田淳子も、“♪ようこそここへークッククック”と歌っていた。
 “クッククック”は、ハトの鳴き声だ。

 “クッククック”といえば、こんな話がある。
 とある旅館に泊まったときの話。
 夜、布団を敷いてもらい、寝た。
 すると、夜中、横を向いて寝ていたら、背中の方から、“クッククック”と聞こえる。
 高さは、畳から、20センチ位の所で、どんどん近付いて来る感じだ。
 ちょうど、ハトが、鳴きながら、歩いて来るみたい。
 そう思って、振り返ってみたら、首だけの男が、“クッククック”と笑いながら、近付いて来ていた。

 でも、この話はウソっぽい。
 ハトの“クッククック”とヒトの“クッククック”は、文字にすれば同じでも、音は全然違うだろう。


1999年9月27日(月)

 私は、毎日のように、都営バスを、利用している。
 バスに乗っていると、むかつくことが、多い。
 そのうちの、一つの話。

 車内アナウンスで、「降車の際は、バスが止まってから、席をお立ち願います。」と言われる。
 車内を見回せば、何ヶ所かに、「事故防止のため、バスが止まってから、席をお立ち下さい。」というようなことが、書いて貼ってある。
 なるほど、これは、いいことだ。まだ動いているときに、席を立つと、危ないもんな。

 で、降りるとき、実際に、バスが止まってから、席を立つと、どうなるか。
 降りられないのである。
 都営バスは、前から乗って、先に料金を払い、降りるときは、バスの車体の中ほどにある、降車口から降りる。
 たいていの場合、バスが止まるか止まらないかのうちに、降車口が開く。
 そして、止まってから席を立つと、降車口にたどり着かないうちに、ドアが閉まり、バスは発車してしまう。
 あわてて、「すみませーーん、降りまーーす。」などと、何も悪いことをしていないのに、大声で謝ったりしなければならない。

 これはどういうことだ? 都営バスよ、言ってることと、やってることが、違うやないけ〜!
 私の経験では、98%の運転手が、止まってから席を立ったら間に合わないタイミングで、発車してしまう。
 残りわずか2%の運転手が、もう降りる人がいないのをきちんと確認してから、降車口のドアを閉めている。
 もっと、運転手に対する教育を、徹底しなければいけませんなあ、都営バスさんよ。
 それとも、車内アナウンスや張り紙は、何かあったときの、言い訳のためのものなのかい?


1999年9月28日(火)

 いまさら私が、どうのこうの言う問題じゃあありませんし、そういう立場でもございませんが、一大相撲ファンとして、言わせてもらいます。
 横綱について、です。以下、私の独断と偏見に満ちた、意見です。悪しからず。

 現在、4人の横綱が、いると言われています。若乃花は、引退するかと思っていましたが、現役を続行するとのことで。
 私が思うに、4人とも、横綱失格です。

 そもそも、曙、若乃花、
武蔵丸の3人は、横綱になるべきではなかったでしょう。なるべくしてなったのは、貴乃花だけです。
 だから、今の状況の責任は、横綱たち本人より、この3人を、横綱にした人たちに、あります。
 なぜ、横綱になるべきではなかったか。理由は簡単、強くないから。ある程度は、強い。でも、横綱の強さではなく、大関の強さです。
 この9月場所で、武蔵丸が、優勝しました。でも、3敗もしているのです。しかも、そのうち2つは、平幕相手。横綱とは、若乃花との1番しかありませんでした。
 むかし、番付は、大関が最高位でした。それが、大関の中でも特に強い大関が現れて、横綱という地位ができたと聞きます。
 今回、散々言われていることですが、横綱は、負けてはいけない存在です。
 唯一、貴乃花だけが、そういう強さを持っていました。

 そして、曙、貴乃花、若乃花は、休み過ぎです。
 何場所も、出場しない横綱なんて、要りません。

 繰り返しになりますが、責任は、横綱たち本人より、彼らを横綱にした人たちに、あります。
 その人たちは、横綱たちを辞めさせ、自分たちも、責任を取って、辞めるべきです。


1999年9月29日(水)

 昼休みに、片道20分も歩いて、
MAXのベストアルバムを買って来た。
 別に、ファンでもないし、CDも1枚も持っていない。
 なんとなく、欲しくなってしまったのだ。

 昨晩読んだ雑誌の、投書のコーナーに、次のような投書が載っていた。
 曰く、“夜、ライトをつけずに自転車に乗っていたら、警察官に「ライトつけろ!」と怒鳴られました。――もっと穏やかな口調で注意してもいいのではないでしょうか。”と。
 こういう輩が多いから、困ってしまう。
 無灯火運転は、道路交通法で、禁じられており、違反すると、5万円以下の罰金に処せられることになっている。
 確かに、上の警察官は、悪い。それは、怒鳴ったから悪いのではなく、きちんと取り締まらなかったから、悪いのだ。
 万引きしているところを、警察官が見て、「万引きするな!」と怒鳴っただけで済ませ、怒鳴られた方が、「もっと穏やかな口調で注意してよ」と言っているようなものだ。


1999年9月30日(木)

 わが社は、始業は9時である。であるからして、9時までに出社し、9時には、仕事を始められる状態になっていなくてはならない。
 とはいえ、タイムカードは無いし、それほど厳密には、管理されていない。社会人としての、良識に任されているようだ。
 数カ月前、他の部で、毎日のように遅刻していた社員が、その部長にこっぴどく叱られていたことがあった。
 そんな中で、我が部は、遅刻し放題の感がある。
 我が部の構成は、部長1人、課長なし、課長に近い主任2人、普通の主任2人、ヒラ2人、という構成だ。
 ちなみに私は、課長に近い方の主任だ。
 このうち、一番遅刻が少ないのが、ヒラの2人と普通の主任の内の1人。あんたたちは、エライ!
 普通の主任のもう1人がヒドくて、遅刻・欠勤の常習犯だ。3日として、無遅刻・無欠勤が、続いたことは無いと思われる位だ。
 そして、課長に近い主任の2人も、毎日のように遅刻する。この2人は、9時前に来ることもあるが、5分くらい遅刻することもある。ぎりぎりの時間に家を出て、電車の乗り継ぎ等がうまくいけば時間内に来るし、うまくいかなければ遅刻するという感じだ。
 そしてもうひとり、困ったことに、部長もよく遅刻するのだ。彼の場合、5分や10分の遅刻はしない。遅刻するときは必ず電話をかけてきて、30分から1時間以上、遅刻する。
 このように、部のトップである部長が、遅刻を繰り返しているのだから、何をかいわんやである。
 しかし、私は、今週から、遅刻しないことにした。まだ4日目であるが、今のところ、8時50分頃には出社している。
 しかし、ただ遅刻しないのでは、面白くない。何か楽しみが、必要だ。
 そこで、部長の遅刻をチェックすることにした。今朝、思いついた。
 メール同人誌『月刊 そらこそ』コミュニティー内の私のウェブサイトの“Diary?”というページに、「今日の部長」というタイトルで、記録していくことにした。
 と思ったら、今朝はさっそく遅刻してくれた。昨日や一昨日は、遅刻していなかったのに、チェック初日から遅刻してくれるとは、チェックのし甲斐があるというものだ。まあ、本人は、チェックされているとは、夢にも思っていないだろうが。
 ん〜、しかし、我ながら、悪趣味だなあ。



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